東京高等裁判所 平成11年(ネ)3785号 判決 2000年10月25日
控訴人(被告) 鉄芯船舶株式会社
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人弁護士 平田大器
同 岩瀬ひとみ
同 佐々木有人
被控訴人(原告) 共栄火災海上保険相互会社
右代表者代表取締役 B
右訴訟代理人弁護士 中田明
同 松村幸生
同 田島正広
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
第二事案の概要
本件は、控訴人が荷送人から、アーティフィシャル・エレクトロード・パウダー(耐火煉瓦の材料。「本件貨物」)の海上運送を請け負い、船に積んで上海から備前片上まで運送したところ、到着時に貨物が塩水に濡れているのが発見されたので、井上商事株式会社(井上商事)と本件貨物につき貨物海上保険契約を締結していた被控訴人が、井上商事に保険金を支払った上、控訴人に対し、第一次的に、航海中の濡損事故であると主張し、第二次的に、航海中の事故でないとしても、控訴人が荷送人に対して発行・交付した船荷証券には、「本件貨物は外観上良好な状態で船積された(shipped in apparent good order and condition)」旨の記載(無故障文言)があるので、控訴人は右記載に基づいて責任を負うなどと主張し、控訴人に対し、主位的に、保険代位による損害賠償を、予備的に、債権譲渡、不法行為等を主張して、金員の支払を求めた事案である。
原審は、貨物の入っていたコンテナ袋が水が滴るほど塩水に濡れていたが、これは荷積前に生じたもの(航海中に生じたものではない)と認定した上で、国際海上物品運送法(法)9条により、控訴人は、船荷証券所持人に対して、船積時に貨物が入っていたコンテナ袋が濡れていたことを主張できないから、この濡れが生じたのは航海中であると推定され、被控訴人は荷送人の損害賠償請求権につき保険代位するとして、被控訴人の主位的請求を認容し、これに対して控訴人が控訴した。
一 争いのない事実等
1 被控訴人は、損害保険等を業とする会社であり、控訴人は、海上運送等を業とする会社である。
2 控訴人は、平成8年8月ころ、荷送人である南通市対外貿易公司(本件荷送人)との間で、本件貨物について、上海(中国)から備前片上(岡山県)までの運送契約を締結した。
3 運送人である控訴人は、同月6日、本件貨物を中米カリブ海の国ベリーズ船籍のコア・ナンバーセブン(本船)に船積みし、本件荷送人に対し、積載量を各150バッグとする証券番号TL1及びTL2の船荷証券(本件船荷証券)を発行して交付した。
4 本件船荷証券裏面の第2条には、「この船荷証券に関して生じたあらゆる紛争については、船籍の存する場所又は運送人・商人間で相互に合意された場所において解決される。」旨の英文の管轄約款が存在する(本件管轄合意)ところ、本船の船籍は、中米カリブ海の国ベリーズである。右のほかに運送人・商人間において格別の合意はされていない。
5 本件船荷証券には、本件貨物が外観上良好な状態で船積みされた旨明記されている。
6 井上商事は、本件船荷証券を所持するに至った。
(一) 証券番号TL1の船荷証券(TL1の船荷証券)には、荷送人として「NANTONG FOREIGN TRADE CORP.NO.2 IMP.AND RXP DEPT」(南通市対外貿易公司輸出入第二部)、荷受人として「TO ORDER」と記載され、その裏面には、南通市対外貿易公司の白地式裏書のほか、第一勧業銀行株式会社岡山支店のトマト銀行株式会社に対する裏書及びトマト銀行の「TAIZAN LTD.」(有限会社泰山物産。「泰山物産」)に対する裏書がされていたところ、本件訴訟が当裁判所に係属中の平成12年になって、被裏書人・泰山物産の記載が抹消された(<証拠省略>)。
(二) 証券番号TL2の船荷証券(TL2の船荷証券)には、荷送人として「NANTONG FOREIGN TRADE CORP.NO.2 IMP.AND RXP DEPT」(南通市対外貿易公司輸出入第二部)、荷受人として「TO ORDER」と記載され、その裏面には、南通市対外貿易公司の白地式裏書がされている(甲16、24)。
7 本件貨物を船積みした本船は、平成8年8月6日、上海を出航し、同月12日、岡山県備前片上に到着し、そのころ、本件貨物は井上商事に引き渡されたが、その際、本件貨物が塗れているのが発見された(本件濡損事故)(弁論の全趣旨)。
8 井上商事は、神戸海事検定株式会社に本件濡損事故による本件貨物の損害の状態と損害原因の調査を委嘱し、同社は、同月12日及び13日に検査を実施し、「本件貨物の濡損の原因は、本船の航海中に塩水を被ったためであると判断する。」旨の検査報告書を提出した(甲3。「神戸海事検定」)。
9 本件貨物と同一の船倉に積み合わせられていた貨物(積み合わせ貨物)の濡損について、右貨物の荷受人から委嘱を受けた社団法人日本海事検定協会は、同月12日に検査を実施し、「積み合わせ貨物の濡れは、本件貨物より滲み出た水に起因する。」旨の検査報告書を提出した「乙7。「日本海事検定」)。
10 被控訴人は、井上商事との間で、本件貨物についてそれぞれ貨物海上保険契約を締結していたところ、平成9年4月11日、井上商事に対し、本件貨物の損害として1,234万8,573円を支払った(弁論の全趣旨)。
二 当事者の主張
当審における主張を次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」第二の三に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 被控訴人の主張
(一) 本件船荷証券の適法な所持人について
(1) TL1(甲1の1、2)の船荷証券について
① 抹消による形式的資格の発生
TL1の船荷証券は、南通市対外貿易公司の白地式裏書、第一勧業銀行のトマト銀行宛の裏書、トマト銀行の泰山物産宛の裏書があったが、被指図人である泰山物産の記載を抹消したことにより、被裏書人白地の裏書となり、裏書が連続した。
② 井上商事の実質的権利の証明
仮に、抹消による裏書の連続が認められないとしても、井上商事は、信用状決済における依頼者であって、泰山物産は形式的な輸入名義人であり、井上商事が本件貨物の実質的な輸入者であるから、井上商事は、泰山物産が本件貨物及び本件船荷証券の所有権を取得すると同時に、何らの行為も要せず当然に本件貨物及び本件船荷証券の所有権を取得する関係にあったのである。したがって、本件船荷証券の適法な所持人は井上商事であり、泰山物産は名義人にすぎない(甲21)。甲26のノーティス・オブ・クレームにおいても、荷受人として「泰山物産/井上商事」と記載されているし、控訴人も揚地においては、実質的な船荷証券所持人が井上商事であることを認めた上で、本件船荷証券と引換に井上商事に本件貨物を引き渡している。
(2) TL2(<証拠省略>)の船荷証券について
TL2の船荷証券には、荷送人の裏書があり、被裏書人が白地であるから、裏書の連続がある。
(二) 主位的請求(保険事故の発生、控訴人に堪航性保持義務違反、保険代位)
(1) 本件濡損事故は、本船の航海中に生じたものであり(その根拠は、① 船積時の貨物の状態は濡れていなかったから、塩水を被ったのは海上運送中であること、② ハッチに錆跡があり、海水の侵入経路はハッチカバーであること、③ 塩分反応があることである。)、被控訴人は、井上商事との貨物海上保険契約に基づき、船荷証券所持人である井上商事の被った損害を填補するため保険金を支払ったので、井上商事の取得した損害賠償請求権につき代位する。
(2) 本件濡損事故が、航海中の事故でないとしても、控訴人が発行・交付した本件船荷証券には、本件貨物が外観上良好な状態で船積みされた旨明記されているのにもかかわらず、到着した時には、コンテナ袋が塩水により濡損していて、外観上良好な状態でなかったのであるから、法9条により、控訴人は、善意の船荷証券所持人である井上商事に対し、本件濡損事故が船積み前に生じたものであることを主張することができず、航海中の事故であることが法的に擬制されて確定し、被控訴人は、井上商事との貨物海上保険契約に基づき、保険金を支払ったので、井上商事の取得した損害賠償請求権につき代位する。
(三) 予備的請求
(1) 無故障船荷証券発行による信義則違反
仮に、控訴人が法9条の保護を受けられないとしても、控訴人は、他者を信頼させる意図のもとに、無故障船荷証券を発行することにより、本件貨物が外観上良好な状態である旨の事実表示をしたものであり、これは法7条に違反し、商慣行としても是認されないものである。控訴人が保険事故でないことを主張することは、信義則違反ないし矛盾挙動の禁止の原則により許されず、被控訴人は、右表示を信頼して、井上商事との貨物海上保険契約に基づき、保険金を支払ったのであるから、井上商事の取得した損害賠償請求権につき代位する。
(2) 不法行為
控訴人は、故意又は重過失により、無故障船荷証券の不実記載をし又は船積前の事故であることの告知義務に違反したものであるところ、被控訴人は、右記載を信頼して保険金を支払って損害を被ったのであるから、控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権がある。
(3) 井上商事の損害賠償請求権の債権譲渡
被控訴人は、井上商事の損害賠償請求権につき、保険金の支払により井上商事から債権譲渡を受け、被控訴人は、保険代位の書面(甲32)により、井上商事の債権譲渡通知を代行して対抗要件を備えたものである。
2 控訴人の主張
(一) 井上商事は本件船荷証券の正当な所持人ではない。
本件貨物は、南通市対外貿易公司から泰山物産に売られ、同社が第一勧業銀行に信用状の開設を依頼して代金決済をし、井上商事に転売したものである。井上商事は被控訴人と貨物海上保険契約を締結し、運送人は荷送人である南通市対外貿易公司と運送契約を締結した。運送人は荷送人と運送契約を締結し、荷送人「南通市対外貿易公司」、荷受人「指図式」とする船荷証券2通を荷送人に発行・交付したものである。
(1) TL1の船荷証券について
TL1の船荷証券は、南通市対外貿易公司の白地式裏書、第一勧業銀行のトマト銀行宛の裏書、トマト銀行の泰山物産宛の裏書がある。したがって、船荷証券上の権利を運送人に行使できるのは最終被裏書人の泰山物産である。泰山物産からの裏書がないので井上商事が正当な所持人にはなり得ず、被控訴人は井上商事から何らの権利をも譲り受けられない。被控訴人は最終裏書人の泰山物産の記載を抹消したと主張するが、これは、本件貨物と引換えに控訴人により回収された後にされたものであるところ、本件貨物と引き換えたことによって本件船荷証券は無効となり、その後右記載が抹消されても、井上商事が本件貨物の濡損による損害賠償請求権を取得するものではない。
なお、船荷証券の権利移転が指名債権譲渡の方式によるものであるとすると、対抗要件としての譲渡通知が必要であるが、右の通知はない。
(2) TL2の船荷証券について
TL2の船荷証券は、裏面(甲24)には荷送人の白地式裏書のみがあり、これに対応する送り状は甲19の1と解されるが、その右下のスタンプは丸、船荷証券裏面の荷送人のスタンプは四角である(これはTL1の裏面及びその関係の送り状――甲19の2――にも押捺されている。)。なぜ、TL2の裏面に、関連の送り状である甲19の1のスタンプと同じものが押捺されないのか疑問である。
(二) 主位的請求について
(1) 本件濡損事故は航海中の事故ではなく、保険事故ではないから、保険代位は成立しない。
(2)① 「外観上良好な状態」との記載は、運送品そのものの状態を指すものではないから、内部の状態について控訴人の責任はない。
② 被控訴人は積み荷保険者で船荷証券所持人ではないから、法9条により保護されず、保険代位を生じない。
(3) 仮に、井上商事が損害賠償請求権を取得したものとしても、
① 運送品引渡(平成8年8月12日)から1年が経過し、出訴期間を徒過した(法14条)。
② 井上商事は船荷証券の記載(外観上良好)が事実でないことにつき悪意であった。
(三) 予備的請求1について
(1) 法9条で保護される範囲を超えて、信義則、禁反言の原則を持ち出すことは同条の文理に反する。
(2) 控訴人は包装物が耐水性を有するかどうかまで知らなかったから、内容物が浸水していることまで認識していなかったものである。
(四) 予備的請求2について
被控訴人の保険金支払と控訴人の無故障船荷証券の発行には因果関係がないので不法行為は成立しない。
第三当裁判所の判断
当裁判所も、被控訴人の本訴請求は、理由があるので認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」第三に説示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決37頁4行目の「622条」を「662条」に改める。)。
一 本件濡損事故の発生時期について
被控訴人は、本件濡損事故が航海中に発生したことの根拠として、(1) 船積時の貨物の状態は濡れていなかったから、塩水を被ったのは海上運送中であること、(2) ハッチに錆跡があり、海水侵入経路はハッチカバーであること、(3) 塩分反応があることを挙げている。
しかし、(1)の点について、証人Cはこれに沿う供述をするが、井上商事及び泰山物産からの伝聞に過ぎないし、鑑定書(乙1)によると、① 本船が上海港の岸壁に接岸する日(8月6日)の数日前に台風8号が台湾を横断して対岸の中国本土に上陸したこと、② 本船が本件貨物を積み込むために接岸した当時、本件貨物がシートカバーによる覆いのない状態で岸壁に置かれていたこと、③ 本件貨物を本船に積み込む際には、既に本件貨物が濡れた状態を示していたこと、④ 他方、被控訴人主張のとおり、本船のハッチカバーがきちんと閉じられていなかったか、何らかの原因で海水が進入して本件貨物が被水したとした場合には、本件貨物と接している積み合わせ貨物にも同様の被水の状態を呈するものと思われるが、実際には、本件貨物は水滴が滴り落ちる程度であったのに対して、積み合わせ貨物については、隣接部分のみが少し濡れた状態にとどまっており(証人C)、被控訴人の右主張ではこの状態を説明することができないこと、⑤ 本船は航行中荒天に遭遇したことはなく、本船甲板上に海水が打ち上がる風力4ノット以上の気象状況になかったこと(乙1)が認められ、これらの事実からすると、船積される前に岸壁に野積みにされていた本件貨物が、台風通過後の余波を受けて被水したり、水飛沫を受けて被水した可能性が高く、少なくともこの可能性を全く否定する事情はない。
また、(2)及び(3)の点について、証人Cは、ハッチカバーに付着していた塩分が降雨による水濡れで溶けて、ハッチカバーを通して船内に侵入し、破けたブルーシートにより本件貨物の全体が濡れたと推測される旨供述するが、<証拠省略>によると、ハッチコーミングの錆の状況を見ても、本件貨物が全部濡れるほど大量の水の侵入した跡はなく、C自身も、検査当時、積合わせ貨物が本件貨物から染み出た水で濡れたとの話をしたことが認められ、引用した原判決の認定した事実からすれば、ハッチカバーから水が侵入したものとは考え難く、右供述は採用することができない。
他に本件濡損事故が航海中に生じたものと認めるに足りる証拠がないので、被控訴人の前記主張は採用することができない。かえって、本件濡損事故は、本件貨物の船積み前に生じたものと認めるのが相当である。
二 法9条の適用について
1 法9条は、「運送人は、船荷証券の記載が事実と異なることをもって善意の船荷証券所持人に対抗することができない。」と規定しており、右の「船荷証券所持人」とは、船荷証券の「適法な所持人」をいうものであるところ、船荷証券所持人は、たとえ船荷証券が裏書の連続を欠くため形式的資格を有しなくても、実質的権利を証明するときは、船荷証券上の権利を行使することができるものと解される(最高裁昭和31年2月7日第三小法廷判決・民集10巻2号27頁参照)のであるから、実質的権利を証明した船荷証券所持人もまた「適法な所持人」に当たるものと解するのが相当である。
(一) TL2(甲16、24)の船荷証券について
TL2の船荷証券には、荷送人である南通市対外貿易公司の白地式裏書がされているので、井上商事は正当な所持人であるというべきである。
控訴人は、TL2の船荷証券の裏面(甲24)には、荷送人の白地式裏書のみがあり、これに対応する送り状は甲19の1と解されるが、その右下のスタンプは丸、船荷証券裏面の荷送人のスタンプは四角である(これはTL1の裏面及びその関係の送り状――甲19の2――にも押捺されている。)ところ、なぜ、TL2の裏面に、関連の送り状である甲19の1のスタンプと同じものが押捺されないのか疑問である旨主張するが、右の事実があっても、TL2の船荷証券に対する井上商事の形式的資格に欠けるところはないので、右の主張は採用することができない。
(二) TL1(甲1の1、2)の船荷証券について
(1) 抹消による形式的資格について
TL1の船荷証券には、南通市対外貿易公司の白地式裏書、第一勧業銀行のトマト銀行宛の裏書、トマト銀行の泰山物産宛の裏書があったことは前記のとおりであるところ、被控訴人は、被裏書人である泰山物産の記載を抹消したことにより、被裏書人白地の裏書となり、裏書が連続した旨主張する。
しかしながら、法9条の適用が問題になるのは、本件貨物の引渡時点での形式的資格であるところ、前記のとおり、被裏書人である泰山物産の記載が抹消されたのは、本件貨物の引渡しが済んだのち本件訴訟が当裁判所に係属中のことであるから、被控訴人の右主張は採用することができない。
(2) 井上商事の実質的権利について
<証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、① 泰山物産はトマト銀行に対し、井上商事を代理人とする委任状を発行し、その委任状には、輸入信用状の開設、変更及び増減額手続、荷物引取保証に関する諸掛の支払、輸入手形の引受及び決済並びにこれに付随する諸掛の支払、通関事務手続一切を委任する旨、輸入貨物(ただし貨物の特定事項欄は空欄)の売買契約に基づき、泰山物産が輸出者から所有権を取得すると同時に、井上商事が何らの行為も要せず、当然に泰山物産から所有権の移転を受けて所有権を取得することを、泰山物産と井上商事との間で合意した旨の記載があること、② 泰山物産と井上商事は、平成7年3月10日、覚書(甲27)を取り交わしたところ、これには、中国との業務上のすべて、すなわち交渉、契約等は泰山物産が行い、中国からの輸入上の業務、すなわち現金、配給、保険、通関等のすべては井上商事が行い、業務は共同の事業として泰山物産・井上商事相互に協力、補足し、事業の円滑と発展に努める旨記載されていること、③ 本件貨物の荷揚げ後の平成8年8月13日に作成された控訴人に対するノーティス・オブ・クレーム(損害請求通知。甲26)には、荷受人として「泰山物産/井上商事」と記載され、井上商事名で差し出されていること、④ 控訴人は、本件船荷証券と引換に井上商事に本件貨物を引き渡したこと、以上の事実が認められ、右の事実によると、井上商事は泰山物産の名義を借りて中国との貿易を行ったもので、本件貨物の実質的な輸入者は井上商事であり、TL1の船荷証券の取得については、泰山物産からその交付を受ける方法によってその権利を取得したものと認めることができる。
なお、控訴人は、井上商事が右船荷証券を取得したことを対抗するためには、債権譲渡の通知が必要である旨主張するが、控訴人は、井上商事が本件船荷証券の適法な所持人であることを認めて本件貨物を引き渡しているのであるから、対抗要件の不備を問題にすることは、信義則に反して許されないというべきであり、右の主張は採用することができない。
2 そこで、控訴人は、本件船荷証券に無故障文言を記載したことにより、本件濡損事故の責任を負うか否かについて検討する。
控訴人は、無故障文言は、運送品そのものの状態を指すものではないから、控訴人の責任はないと主張する。
なるほど、その文言のみに着目すれば、TL2の船荷証券の無故障文言は、直接には包装された状態の本件貨物が外観上良好であることを記載したものであり、本件貨物の内部の状態にまで言及したものではない。
ところで、控訴人は、「外観上良好」と記載したことにより、右の記載が事実と異なることをもって善意の所持人に対抗することができないのであるから、前記の本件貨物が外観上良好でない状態が運送中に生じたものでないことを主張立証することが許されないこととなる。その結果、所持人である井上商事は、船積み時に外観上良好であったことを証明したことになり、運送人は、外観上良好でない状態、すなわち、コンテナ袋から水が滴るほど塩水(海水かどうかは問うところではない。)に濡れていた状態が航海中に生じたことを前提にしなければならないことになる。そして、前認定の事実及び<証拠省略>によれば、本件においては、本件貨物の外部(コンテナ袋)も内部(本件貨物)も塩水によって濡損しており、しかも、その程度は、本件貨物の全量に及び、塩水が滴るほどであったことが認められるのであるから、外部の良好でない状態が内部の濡損に直接結びつくもの、換言すれば、両者の濡損は共通の原因によるもので、不可分の関係にあるものと認められる(右認定を覆すに足りる証拠はない。)そうすると、本件船荷証券の無故障文言は、包装の内容物の状態について言及したものではないけれども、外観の状態と内容物の状態が不可分に関連していると認められる本件においては、運送人である控訴人は、TL2の船荷証券に無故障文言を記載した以上、本件貨物のうち右船荷証券に記載された分の本件濡損事故について、責任を負うものというべきである。
3 被控訴人が法9条の保護を受けるか否かについて
(一) 既に認定したとおり、被控訴人は、本件船荷証券の所持人であり、かつ、本件貨物の所有者である井上商事との間で、本件貨物について貨物海上保険契約を締結しており、平成9年4月11日、右契約に基づき、本件貨物の損害を填補したのであるから、被控訴人は、井上商事の控訴人に対する損害賠償請求権を填補した金額のうちTL2の船荷証券に関する部分につき、保険代位により損害賠償請求権を取得したものというべきである(商法662条1項)。
(1) 控訴人は、井上商事は船荷証券の記載(外観上良好)が事実でないことにつき悪意であった旨主張するが、右の事実を認めるに足りる証拠はない。
(2) 控訴人は、泰山物産が船荷証券上の損害賠償請求権を有するところ、この出訴期間(法14条1項)は、遅くとも平成8年8月12日から1年を経過した平成9年8月12日には満了したので、泰山物産の控訴人に対する請求権は、出訴期間の徒過により消滅した旨主張するが、既に説示したとおり、控訴人に対して損害賠償請求権を有していたのは井上商事であるのみならず、被控訴人が控訴人の主張する平成9年8月12日より前の同月8日に本件訴えを提起したことは、本件記録上明らかであるから、右の主張は採用の限りでない。
(二) なお、TL1の船荷証券については、指図債権譲渡の方式によらずに取得した井上商事は、法9条の保護を受け得ないとの解釈も考えられないではないので、更に検討する。
<証拠省略>によれば、本件貨物の船積み前において、一等航海士が本件貨物の濡れを発見したので、船積指図書(S/O)に、所々濡れているとのリマークを記載したこと、メイツ・レシートに一部濡れがある旨記載されていることが認められ、これによれば、控訴人は、本件貨物に濡れがあることを認識した上で、無故障文言のあるTL1の船荷証券を発行したことが認められる。
そうすると、控訴人は、事実と相違することを認識しながら、右船荷証券に外観上良好であるとの虚偽の記載をしたことになるのであるから、善意で右船荷証券を取得した井上商事に対しては、信義則上、右の取得が指図債権譲渡の方式によらないものであることを根拠に、本件濡損事故が船積み前に発生したものであることを主張することは許されないものと解するのが相当である。
三 損害額について
当裁判所も、井上商事は、本件濡損事故により、合計1,234万8,573円の損害を被ったものと認めるが、その理由は、原判決の「事実及び理由」第三の四に説示のとおりであるから、これを引用する。
控訴人は、本件貨物が産業廃棄物として処理されたことを示す廃棄証明が提出されていない旨主張するが、証拠(甲36)によれば、本件貨物は少量ずつ廃棄されたものと認められるので、控訴人主張の事実は、右の認定判断の妨げとなるものではない。
四 結論
以上によれば、被控訴人は、井上商事に対して填補した1,234万8,573円の限度で井上商事の控訴人に対する損害賠償請求権を代位取得したものというべきであるから、右金員とこれに対する填補した日の翌日である平成9年8月12日から支払済みまで商法所定年6分の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人の本訴請求は理由があるので認容すべきである。
よって、右と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 瀬戸正義 裁判官 井上稔 河野泰義)